東京高等裁判所 昭和44年(う)90号 判決 1969年6月26日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未法勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。
ただし、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人横溝善正が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり、判断する。
控訴趣意第一点(事実誤認、法令適用の誤)について。
(一) 所論は、原判示(三)事件中業務上横領の点は無罪であると主張するので、記録を検討するのに、本件の土地畑四〇坪は、浅黄寿為蔵の所有であつたものを、被告人が代表取締役をしていた原判示相模興業株式会社において、右浅黄よりその売却の委託をうけ人見隆義に売却したものであるが、農地法五条所定の知事の許可を必要としたため、右売主浅黄、買主人見の両名の申請により昭和四一年三月中旬頃右許可がなされ、右土地の所有権は人見隆義に移転したが、その所有権移転登記手続の未了の間、右土地登記簿上に前記会社のための所有権移転請求権移転の付記登記が存在したのを奇貨として、被告人は同年五月二一日頃右土地を河合磯吉に売却し、同月二三日河合のため所有権移転請求権を移転する旨の付記登記をした事実は明瞭である。
原判決は、右農地を被告人の主宰する前記会社が浅黄より買受け、その所有権を取得した上、これを人見に転売した趣旨の認定をし、前記付記登記により、被告人が右人見のため業務上預り保管中のものと判断し、これを河合に売却した行為をもつて業務上横領罪に該当するとしているのである。しかしながら、農地法は右の如き転売を目的とする農地所有権の移転を認めないので、右会社は浅黄の委託をうけてこれを人見に売却し、農地法所定の許可も右売買当事者の申請によりなされたもので被告人ないし右会社がその間に法律上所有権を取得したものと認定することはできない。ただ、右土地売買につき、事実上は、被告人の右会社において資金を調達していたため、浅黄、人見間の所有権移転の登記手続未了の間浅黄の諒解のもとに右会社のため前記所有権移転請求権移転の付記登記がされたことは、先に指摘したとおりこれを否定し得ないが、登記簿上の所有名義は依然として浅黄寿為蔵であつて、右会社のための付記登記の存在をもつて、被告人が右土地を業務上占有していたものとして認定することは相当でない。前記の如く、右会社は浅黄より売却の委託をうけて人見に売却し、前記知事の許可がなされた以上、被告人は右売買行為の受託者として浅黄、人見間の所有権移転登記手続に協力するとともに、右土地を勝手に他に売却してはならない任務を負うたものというべく、被告人が右任務に背いて右土地を河合に売却し前記付記登記をした行為は背任罪に該当すると解するのが相当である。
原判決が被告人の右行為につき業務上横領罪の成立を認めたことは事実を誤認して法律の解釈適用を誤つたものといわなければならない。原判決はこの点において破棄を免れない。<後略>(関谷六郎 寺内冬樹 中島卓児)